2007年に発売され大ヒットを飛ばした中野京子著『怖い絵』。
美術ファンなら必ず耳にしたことがあるタイトルでしょう。
一方で、美術鑑賞は好きだけれどホラーはちょっと・・・という方もいらっしゃるのではと思います。
怖い絵ばかり見るのが憂鬱な気分な時もありますよね。
ということで、今回は『怖い絵』以外の中野京子氏の著書をご紹介します。
中野京子氏の著作は、時代背景や登場人物のエピソードが丁寧に解説されている上、ストーリー性があります。
知的好奇心を満たし、教養を深め、かつ気軽に楽しめるおすすめの作品なので、ぜひ気になるものをお手にとってみてくださいね。
ご紹介する書籍のラインナップはこちら。
- 名画の謎 旧約・新約聖書篇
- 名画の謎 ギリシャ神話篇
- 名画の謎 陰謀の歴史篇
- 名画の謎 対決篇
- はじめてのルーヴル
- 欲望の名画
実際に自分で読んだ作品のみご紹介しています。
なお、新しく読んだ作品は追記していきますので、時々更新される(はず)です。
各書籍の特徴をひとことで
いきなり詳細を何冊分も書き連ねてもまどろっこしいので、まずは各書籍の特徴をざっくりとまとめます。
各書籍の詳細解説にジャンプもできますので、気になったら飛んでみてくださいね。
◆名画の謎 旧約・新約聖書篇
西洋美術をもっと楽しみたいから聖書について知りたい方におすすめ。
気軽に読める、堅苦しくない聖書入門書です。
◆名画の謎 ギリシャ神話篇
ギリシャ神話の神々の、なんとも人間くさいエピソードを楽しみたい方におすすめ。
親しみやすい文調と丁寧な解説で、入門者にも優しい本です。
◆名画の謎 陰謀の歴史篇
歴史的事件や過去の社会情勢など、実際に起こった(とされる)事象について興味がある方におすすめ。
現実世界のドラマが絵画に落とし込まれる様子を読み解くので、歴史も美術も両方楽しめるお得感があります。
◆名画の謎 対決篇
違いを比べながら理解するのが好きな方におすすめ。
作品1点を深く知るのももちろん面白いのですが、他の作品と比較することでイメージが膨らんでくることもありますよね。
◆はじめてのルーヴル
西洋絵画の名品を時代・地域の偏りなく楽しみたい方におすすめ。
ルーヴル美術館に行ったこと・行く予定があると感慨深く読めますし、縁もゆかりもなくても面白い読み物です。
◆欲望の名画
外出先で、小間切れの隙間時間を使って読みたい方におすすめ。
1作品ごとの解説が簡潔で、新書なのに印刷が極めて良好なので、持ち歩いてちょっとした空き時間に少しずつ読み進められます。
それぞれ徹底紹介!
それではいよいよ、それぞれの書籍について詳細にご紹介していきますね。
名画の謎 新約・旧約聖書篇
『中野京子と読み解く 名画の謎 旧約・新約聖書篇』
中野京子 著 2012年12月16日 株式会社文藝春秋
西洋美術に興味があるけれど、聖書の世界はよく分からない・・・
そんな悩みに応えるのが『名画の謎 旧約・新約聖書篇』です。
具体的な絵画作品を用いて、聖書のストーリーや登場人物、果ては神学論争までもを、いつもの軽妙な語り口で解説しています。
そもそも旧約と新約の違いとは?という初歩から説明しているので、聖書の知識ゼロでも全く問題なくついて行けます。
取り上げる作品も、システィーナ礼拝堂のミケランジェロ作『アダムの創造』といった有名作品が多く、まさに入門篇という構成になっています。
ストーリー性があるので読み物として面白く、マイナーな話題もちりばめられているので、聖書の知識がある方でも楽しめます。
とはいえ、どちらかというと、初歩から知りたい方を読者に想定しているようには思います。
古くから伝わる物語にありがちな矛盾に対し、現代人として疑問を抱いたり。
一神教のかたくなさに対し、八百万の神の国の民として戸惑ったり。
そんな正直な反応も否定することないまま、キリスト教文化や宗教画の魅力を見つけていく姿勢が、他の美術関連の書籍と違うところでしょう。
肩肘張らずに気軽に触れられるので、聖書の入門書を読んでみたい方におすすめできる1冊です。
↓『名画の謎 旧約・新約聖書篇』はこちらの記事でもご紹介しています
名画の謎 ギリシャ神話篇
『中野京子と読み解く名画の謎 ギリシャ神話篇』
中野京子 著 2011年3月9日 株式会社文藝春秋
ギリシャ神話。
ローマ神話と融合したり、エピソードにヴァリエーションが発生したりと、ギリシャ神話の全体像を把握するのはかなりの難行です。
登場人物も多く、しかも名前の表記も様々。
ギリシャ名アポロンがローマ・英語名アポロはまだ良い方で、ギリシャ名アルテミスがローマ名ディアナ、英語名ダイアナにまでなると混乱してきます。
それでも、ギリシャ神話は間違いなく面白い。
欲望のままにひた走る神。
猛烈な嫉妬に駆られる神。
それに振り回される神。
あらゆる波瀾万丈を集めて煮詰めたような逸話の数々は、時代や地域を越えて人間を魅了します。
本書で特に重点的に取り上げられるのが、ゼウス、ヴィーナス、アポロンにまつわるエピソード。
確かにギリシャ神話の世界は広大すぎて、到底1冊の書籍で網羅できるものではありません。
ですが、ゼウスらは画題によく登場する神々なので、読めば今後の絵画鑑賞がより充実するのは間違いありません。
ギリシャ神話を楽しむきっかけになる、挫折させない1冊です。
名画の謎 陰謀の歴史篇
『中野京子と読み解く 名画の謎 陰謀の歴史篇』
中野京子 著 2013年12月16日 株式会社文藝春秋
先に神話の世界をテーマにした「名画の謎」シリーズを紹介しましたが、「陰謀の歴史篇」では人間世界を題材にしています。
画家達が現実世界を鋭く捉え、作品に落とし込んでいった様子を読み解いていきます。
「歴史」とあるように、描かれているのは過去に実際にあった(とされている)事件や社会情勢ですが、必ずしも「陰謀」が大きな要素になっている訳でもないような?とは読んでいて感じました。
例えば、ヨハネス・フェルメール作『恋文』。
フェルメールらしく、単純に見た目も美しい作品ですね。
ですが、当時は手紙が最新鋭の通信手段としてブームになっていたこと、召使いにうまく働いてもらうのに主人は苦労していたことなどの時代背景を深く知ると、静止したような画面が動き出してくるような感覚に陥るのです。
死人は出ますが、そんなにグロテスクではないかなと思います。
名画の謎 対決篇
『中野京子と読み解く 名画の謎 対決篇』
中野京子 著 2015年7月27日 株式会社文藝春秋
名画の謎シリーズの「対決篇」では、1つのテーマについて2点の絵画を取り上げながら語っています。
例えば、パリのダンス場ムーラン・ド・ラ・ギャレットを共通項に、同じ場所を描いたルノワールとピカソを比較したり。
あるいは、海難をテーマに、テオドール・ジェリコーとジョン・シングルトン・コプリーの作品の魅力的なポイントの違いを明らかにしたり。
1点の作品単体では見えづらかったであろう事柄も、2点の作品を対比させると浮かび上がってくる。
これが「対決篇」ならではの面白さです。
また、対比する作品の選び方にも中野京子氏らしさがあります。
美術史の本でよくある作品比較は、画中画(絵画作品の中に飾られている絵画)の暗示する意味だったり、様式の比較だったりと、作品そのものに焦点を当てていることが多くあります。
ですが、「対決篇」で扱われているのは、時代の移り変わり、登場人物の生き方の違いなど、もっと幅広くバラエティに富んだテーマです。
単なる絵画鑑賞にとどまらず、歴史や人生に思いを馳せられる1冊です。
あまりショッキングな話はありません。
悲しい気分にはなりにくいと思います。
はじめてのルーヴル
『はじめてのルーヴル』
中野京子 著 2016年10月20日 株式会社集英社
※2021年8月28日現在、単行本の新品は入手しづらいようですが、文庫版は手に入ります
世界最大級のコレクションを誇るルーヴル美術館。
名品揃いなのは分かるけれど、とても全てをくまなく知ることはできないなあ、というのは誰もが抱く悩みですよね。
そんな悩みに応えるのが『はじめてのルーヴル』です。
メインで取り上げるのは17点の絵画作品。
随所に他のルーヴル所蔵品も添えながら、作品の面白さや描かれた人物のエピソードを解説しています。
選ばれたのは、モナ・リザ、カナの婚礼(ルーヴル最大の絵画として有名。面積は私の家より広い。)などのよく知られた作品達だけではありません。
アンリ・ルランベール作『アモルの葬列』は、知名度こそモナ・リザとは比較になりませんが、間違いなく面白い逸品です。
大勢のアモル、つまりキューピッド、クピドと言われるギリシャ・ローマ神話の愛の神が、わらわらと列をなしていますが、よく見るとアモルの1人を棺に載せて運んでいるのです・・・
更に、亡くなったアモルが意味するのは、時のフランス国王アンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワティエなのではないか、という説まで披露されるから面白い。
造形の美しさだけでなく、作品にまつわる様々な物語を知ることで、有名ではない作品も唯一無二の名画に感じられるようになるのです。
取り上げる作品を選ぶ際には、地域や時代をあまり偏らないようにしたとのこと。
ルーヴル美術館コレクションならではの幅広さも味わえます。
ルーヴルに行く予定がある人にとっては格好の予習になりますし(コロナ禍で日本人のハードルは今は高いですが・・・)、行ったことがあってもなくても楽しめる1冊です。
比較的マイルドな話が多いのですが、西洋美術の大きなテーマがキリスト教美術である以上、磔刑は避けられません。
ただ、普通に西洋美術が楽しめるなら問題ないかと思います。
↓アモルに関連する記事が当ブログにあります
欲望の名画
『欲望の名画』
中野京子 著 2019年8月20日 株式会社文藝春秋
愛欲、物欲、権力欲・・・
人間の欲望を切り口に、絵画作品を計26点鑑賞していきます。
『欲望の名画』が特徴的なのは、各作品の最初のページに、作品の一部だけを切り取った図版を載せている点です。
作者もタイトルも記載されておらず、簡単な導入分だけが添えられており、想像力を刺激する心憎い魅せ方になっています。
例えば、ジャン=レオン・ジェローム作『アレオパゴス会議のフリュネ』。
トリミングされているのは、驚いた表情の男性達。
さて、彼らは一体何に驚いているのでしょう・・・?
元になっているのが月刊誌『文藝春秋』の「中野京子の名画が語る西洋史」という連載で、連載時にはそこまで文章は多くなかったとのこと。
書籍化にあたっては3~4倍に文章を増やしたとのことですが、他の書籍と比べるとやや少ない印象を受けます。
解説内容も比較的あっさりしているような。
ひとつの作品にかかる時間が短めなので、隙間時間に少しずつ読み進められます。
そんな本書の大きな魅力は、図版の印刷がひときわ良好なこと。
まず紙が厚い。
めくりごたえがある程の厚みで、光沢感もあります。
印刷も鮮明で、もちろんフルカラー。
横長の作品の中には見開き1ページ全体を1点が占めているものもあり、大きさも充分です。
他は文庫版だと、相当頑張って目をこらしても分からない部分がよくあるのですが、本書ではほとんど不便を感じませんでした。
それでいてお値段は980円+税。
お値打ちです。
もし収納スペースや予算に限りがあって文庫・新書サイズがよければ、第一の選択肢になる1冊です。
死人にフォーカスしているわけではないので、そんなに怖くはないと思います。
最後に・・・
最後に一言付け加えると、文庫よりも単行本が絶対におすすめです。
作品の図版を細かく見ながら読み進めるので、文庫本の小さく粗い印刷だと不便に思うことがままあります。
白黒の電子書籍は、残念ですが、途中で挫折して買い換えることになるでしょう・・・。
収納スペースと懐具合とご相談ですが、本棚と財布が許すのでしたら単行本が吉です。
※『はじめてのルーヴル』は2021年8月28日現在、新品の単行本が入手しづらいようなので、中古または文庫版になりそうです。
以上、最後までご覧いただきありがとうございました。