最近よく書店でお目にかかる『美術でめぐる西洋史年表』。
表紙も中のレイアウトも目を引くので気になりますよね。
私は気になりました。
そして、買いました。
結果、面白かったです。
人によりますが、基本的にかなりおすすめできます。
ということで、実際読んで見つけた面白ポイントや、こんな人にはおすすめできないな、という率直な感想などなど徹底レビューします。
なお、以降「西洋史」や「歴史」という言葉を頻繁に使いますが、一般的にイメージされやすい政治・経済・社会の歴史を指すものとして書いていきます。
美術史=美術の歴史
西洋史・歴史=その他の歴史
を意味していると考えていただければと思います。
向いている人、向かない人
どれほどの良書でも、向いている人と向いていない人が存在しますよね。
まずは本書について、それぞれどんな人が当てはまるのかを初めにざっくりとお伝えしておきます。
向いている人
- 今まで美術の解説を中心に読んできて、いつか歴史も勉強したいと思っていた人
- 美術史も西洋史もよく知らないけど興味はある人
- 西洋史の流れを、大まかでよいから分かりやすく知りたい美術好きな人
- 図版はカラーで大きい方がいい人
向いていない人
- 美術への言及は少なくていいので、西洋史を重点的に知りたい人
- 図版は少なくていいので、文章で詳しく解説してほしい人
- 西洋史は既にそれなりに知っていて、基礎的な話は要らない人
概要・構成
では次に全体像をお伝えします。
本書は古代、中世、近世、近代、現代の5章に分けて、西洋史における出来事を概ね時代順に整理し解説しています。
「古代」の章の冒頭は、600万年前の猿人の時代、常時二足歩行により両手を活用して道具を利用するようになったことから開始。
そこからローマ帝国が繁栄し、ルネサンスが開花、産業革命が起こり、20世紀の世界大戦が勃発・・・と辿っていき、最後には冷戦が終結しグローバリゼーションが始まるまでに至ります。
内容としては西洋史を軸としながら美術史も加えたものになっています。
百年戦争やフランス革命といった王道の政治的イベントをしっかり押さえ、かつ宗教界や産業構造など美術に関係の深いポイントを重点的に掘り下げています。
美術と歴史のバランスについては後ほど詳しくご説明しますが、「美術に関する興味が強く知識が多少ある人が、歴史的背景を勉強したい」というニーズにぴったり合うバランスです。
著者はどんな人?
では、本書の著者はどんな人物なのでしょうか。
本書の著者は池上英洋氏と青野尚子氏の2名で、両名とも美術分野の専門家です。
もう少し詳しくご紹介しますね。
池上 英洋(いけがみ ひでひろ)氏
古代から近世にかけてのイタリアを中心とする西洋美術史・文化史が専門の美術史家で、東京造形大学で教授を務めている方です。
本書では、前半のルネサンスが始まるあたりまでを執筆しています。
特にルネサンス関連の著書も多く、東京美術の「もっと知りたいシリーズ」ではラファエロをご担当。
他の著書も初心者にも分かりやすい解説になっているのは、本書と共通するところですね。
なお、2007年に東京国立博物館で開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチ ―天才の実像」では、日本側の監修者も務めています。
レオナルドの受胎告知が来日した、14年経っても忘れがたいあの特別展を監修した方なんですね。感慨深い。
青野 尚子(あおの なおこ)氏
美術・建築・デザイン分野のライターで、本書では後半の、ルネサンスが本格的に始まったあたりからを執筆しています。
美術館建築や草間彌生についての著書(共著)を執筆したり、2018年に国立西洋美術館で開催されたルーベンス展へコラムを寄稿したりと、幅広いジャンルを手がけています。
2017年に21_21DESIGN SIGHTで開催された「そこまでやるか」展ではディレクターも務めていて、活動領域が本当に広い方です。
余談ですが、Twitterも更新頻度が高く、面白いですよ。
ここがよかった
ここから、本書のよかった点を3つご紹介します。
美術史と西洋史の橋渡し
まず挙げられるのが、美術史と西洋史を上手い具合に橋渡ししてくれている点。
美術作品には必ず歴史的背景が反映されています。
その時の有力者が誰なのかによって流行のジャンルが変わったり。
あるいは、異国との交流により描かれるモティーフに特徴が出たり。
ただ、美術と歴史は切っても切れない関係にあるものの、美術を中心に見ているとどうしても歴史は断片的な知識になりがちです。
例えばルネサンス。
美術史の解説では「古代ギリシャ・ローマの文化の復活であり、キリスト教中心から人間中心の価値観への移行が特徴」とよく言われます。
では、なぜ古代に戻る必要があったのかというと、政治が君主制ではなく共和制に移行したため。
大商人やギルドが合議制で都市を動かすようになった際、かつての共和国ローマに注目が集まったのです。
ギリシャ・ローマの政治体制から中世の君主制、からの近世の始まり(ルネサンス)、という流れを美術に結びつけながら辿ることで、ルネサンスの理解がもう一歩深まっていく。
ここが本書の最大の魅力でしょう。
通史なのに頭に入りやすい
文明の始まりから近年まで、西洋世界の辿った道のりを通しで解説する。
いわゆる「通史」にありがちなのは、各項目の内容が薄すぎて頭に入らないという問題です。
ようし、勉強するぞ!と気合いを入れて読み始めるものの、ひとつひとつのテーマの説明が少なくて印象に残らず、あまりピンと来なかった。
そんな経験はビギナーあるあるだと思います。
本書はひとつのテーマについてある程度深掘りしているので、各トピックの概要は充分把握できます。
図版が大きくビジュアルによる情報量が多いのも、分かりやすいポイントですね。
実際の作品や史料、写真があると、自分の理解の輪郭がはっきりしていきます。
もちろん年表や地図もちゃんと掲載されています。
資料が多い分テーマは絞られてはいますが、歴史の大きな流れを抑えるには充分なボリュームがあります。
視覚的には賑やかな印象を受けますが、内容としてはむしろうまく引き算しながら構成が練られているように思えます。
歴史に対する理解を深めていく第一歩として、とても役に立つ解説書です。
ほぼ全貢フルカラー&ビジュアルがとにかく良い
最近の美術書はどれもカラー図版をふんだんに使っていて見目麗しい限りですが、本書もすごいです。
ほぼ全てのページがカラー印刷。
1ページくらいモノクロはないものかと探したところ、目次、奥付、索引に至るまで色が付いており、やっと見つけた完全モノクロは参考文献と図版クレジットが記載された1ページのみでした。
いやはや。
印刷の品質もよく、レイアウトも華やかでおしゃれ且つ見やすく、文章と図版の両方が主役を張れています。
巻頭の「名建築でたどる西洋文明のあゆみ」などはもはや写真集レベルのデザインで、さすがに写真集の印刷品質よりは若干落ちますが、私のテンションは爆上がりしました。
役に立つし勉強にもなるのですが、読んでいて楽しい!というのも大事ですよね。
ここはイマイチ
敢えてイマイチな点を挙げるとすると・・・
と一生懸命考えてみたのですが、特にここがというのは思い浮かばず。
面白くない話ですみません。
「内容が簡単すぎた」というケースはあるかもしれません。
西洋史という果てしなく深い領域を限られた紙面で説明しなければならないため、最低限知っておくべき事項に絞られています。
美術書を中心に読んできた人は新しい視点を発見できるかもしれませんが、知識としてはまあまあ基礎的なレベルでしょう。
見ていて心地よいので退屈はしないと思いますが、新しい知識を貪欲に仕入れたいのなら、物足りなさを感じることはあるかもしれません。
書籍概要
『美術でめぐる西洋史年表』
池上英洋、青野尚子著
株式会社新星出版社
2021年5月5日初版発行
以上、最後までご覧いただきありがとうございました。