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【作品鑑賞】対比の効果で何を表現しているのか?ターナー『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号』

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【作品解説】『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号』 ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーを鑑賞しよう

1839年の制作から現在に至るまで、英国人に広く愛される名画がジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号』です。

2005年BBCラジオ4による投票企画「最も好きな英国絵画」No.1に選ばれ、2020年より流通している20ポンド紙幣の図案に採択されたことからも、その人気ぶりが窺えます。

確かに美しい作品ですね。
色彩のコントラストは見事で、白い帆船も輝いて華やか。

ですが、愛されている理由はパッと見て美しいからだけではありません。
対比の効果を使ったストーリー作りが巧みなのです。思わず唸ってしまうほどに…

描かれた2隻の船を読み解きながら、その魅力を発掘してみませんか?

本作は、Instagramで連載の「おうちでLondonナショナルギャラリー」で取り上げましたが、今回さらに解説文をボリュームアップしてお届けします!

まずは作品観察

ではまず、作品に何が描かれているのかをじっくり観察してみましょう。

『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号』 ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
1839年 ロンドンナショナルギャラリー 蔵 90.7×121.6cm

画面左の方に白と黒の2隻の船が見えますね。

奥の白い方が、本作の主役テメレール号。
大きく堂々とした帆船です。
手前の黒い方は蒸気船。
炎を吹き上げながら航行し、テメレール号を牽引しています。

テメレール号

画像では少し見えづらいのですが、画面左上には月が昇っています。

テメレール号の上には月が見える

一方、画面右手では、夕日が空を赤く照らしながら沈んでいるところです。

画面右では太陽が沈んでいる

赤、青、黄、橙といった色彩が美しくちりばめられていますが、緑色はほとんど目立ちません。
なぜかというと、ターナーが緑色を嫌っていたから。
黄色は好きだったので、本作にもたっぷり使用されています。

鍵を握る2隻の船

タイトルにも入っている主役テメレール号がどのような船なのか、気になりますね。

黒い蒸気船もまた、作品を読み解くための重要な鍵となっています。
この2隻の船について、詳しく見てみましょう。

白い帆船:テメレール号

テメレール号は英国海軍の艦船で、1805年のトラファルガー海戦で活躍しました。

ナポレオン率いるフランス帝国がヨーロッパ大陸を広く支配していた頃に、英国本土に侵攻を試みたものの敗れ散ったのがトラファルガー海戦。
あのナポレオンに勝った!ということで、英国が歓喜に湧きました。

本作が制作されたのが1839年。
34年前の戦勝が人々の記憶に残っている頃です。

さて、1805年当時は激戦地にいた艦船も、老朽化は避けられません。
テメレール号も1812年には前線を引き、約3年の間監獄船として働いた後、新兵収容艦に転用されることになります。

新兵収容艦とは、新兵が持ち場を与えられるまでの間に留め置かれる船のこと。
当時の水兵は強制徴募で集められており、脱走できないように海上の船内に閉じ込められたのです。
砲弾を交わすわけではなく、海に浮かんで人を収容できる船ならば充分務まるので、老朽化した船がよく利用されました。

それから20年以上新兵収容艦として働き、1837年にはヴィクトリア女王即位の祝砲を上げる役目も果たしますが、1838年に遂に解体されることとなりました。

黒い船:蒸気船

もう一方の蒸気船
蒸気機関を用いた船で、1807年アメリカ人のロバート・フルトンが実用化に成功して以降、改良を重ねながら社会の中で重用されていくことになります。

蒸気機関は、1769年にスコットランド人ジェームズ・ワットによって革新的な進化を遂げました。
産業革命を象徴するまさに「革命的」な技術で、特に蒸気機関車、蒸気船といった交通機関に転用され、欧米社会全体を変革していきます。

それまで海洋交通機関としては帆船が主流でしたが、蒸気船の発展が進むと駆逐されます。
1860年代には蒸気船が主流になるに至りました。

テーマは「時代の変化」

描かれた2隻の船の背景を知ると、作品の中からある概念が見えてきます。
それは、時代の変化です。

かつて活躍した帆船が廃船に向かい、新時代の技術を用いた蒸気船が力強く走る情景が、時代の移り変わりを象徴しているのです。

『解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号』ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
1839年 ロンドンナショナルギャラリー 蔵 90.7×121.6cm

時代の移ろいは色彩の対比によって強調されています。
船体の色は白と黒と対照的ですね。

空に浮かぶ2つの天体の効果も見逃せません。
夕焼けの赤と月明かりの白の色彩は明確に異なっていて、暗い太陽に対して月の明るさも強烈に響きます。
沈む太陽と昇る月を対比させ、太陽の時代の終焉と月の時代の始まりがはっきりと示しています。

旧時代の終焉と近代の幕開けが対比の力によって鮮やかに表現されきっている。
上手いですよね。

これこそが本作の人気の理由なのです。

トラファルガーつながり

余談になりますが、最後に「トラファルガー」つながりについて。

本作の主役テメレール号は、トラファルガー海戦で活躍したのでしたね。
ところで、本作が所蔵されているのはロンドンにあるナショナルギャラリー
トラファルガー海戦の勝利を記念して造られたトラファルガー広場にある国立美術館です。

ナショナルギャラリーからトラファルガー広場を望む(筆者撮影)
ナショナルギャラリーからトラファルガー広場を望む
(筆者撮影)

ターナーの作品はテート・ブリテンにも多く所蔵されていますが、海戦の英雄を描いた本作は、トラファルガー広場が見えるナショナルギャラリーこそが相応しい居場所でしょう。

以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

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